アジア全域、大使館職員の “健康”を支える精神科医

世界各地に点在する日本国大使館に、100名を超える専属の“医務官”が
派遣されているのをご存知ですか? その医務官として、在タイ日本国
大使館に在勤する阿部尚さん。あまり知られていない、その業務内容とは。

国を背負い、見知らぬ土地で働く大使館職員の負担は大きい。そんな重責を取り払うべく、職員とその家族のケアに奔走するのが、在タイ日本国大使館・一等書記官兼医務官(以下、医務官)の阿部尚さん。

この外務省による医務官制度が始まったのは、戦時中の1921年。当時は、現地での疫病に対応するために派遣されていましたが、現在は在外大使館職員及びその家族の健康管理・健康相談・メンタルヘルスケアをはじめ、現地の医療情報を収集しています。

「日本では病院の精神科で長く働いてきたのですが、知人から大使館医務官の募集を聞き、すぐに挑戦したいと返答しました。海外勤務に興味があったんです」。そう、朗らかな京都弁のイントネーションを交えて、阿部さんは言います。

その業務内容は、ひと言では説明できません。精神科が専門の阿部さんですが、“医務官”として派遣されているため、身体的な病気も含めたトータルケアを担っています。まず行うのは、“予防”。時には、大使館内や企業で講習を行うことも。

「私の業務は、病気を未然に予防することが第一です。メンタル面においては、基本的なことですが、規則正しい生活を送る、その時の自分が一番求めることを選択する、無理を溜めこまないことが大切だと伝えています。休みと決めたら、ダラダラしたって、人に会わなくたっていいんです」。その落ち着きある声に、こちらの心が自然と軽くなります。

心の悩みを相談できる
医務官の存在を知ってほしい

そんな阿部さんが普段から心がけているのは、職員の元を訪ねること。「相談に来る時は、調子が悪いと自分自身で気づいた時がほとんど。普段の様子がわからないと、どの程度調子が悪いのかの判断も出来ないですし、普段の様子を知っておけば、調子が悪いことに気づいてあげられる。多くの部署に“顔を出す”ことが、まず基本です」。

それは、タイ国外でも変わりません。阿部さんの管轄は、タイを含めたアジア全域。メールや電話を使った相談はもちろんですが、それとは別に、阿部さんは毎月のように各国を訪ねています。顔を合わせることで得られる情報は、メールや電話の比ではありません。些細な仕草、表情、目線……その人の“今の状態”を、自分の目で感じに行きます。

今掲げるのは、大使館内で“心の悩みを相談できる医務官”(メンタルヘルスケア)の必要性を認識してもらうこと。
「医務官自体は知られていても、メンタルヘルスケアの必要性はまだ浸透しきっていないと感じています。多くの公館を回っているのは、認識してもらうためでもあるんです。もっと多くの方に、気軽に声をかけてもらえるよう、私自身(医務官)の存在も知ってもらえればと思います」。

そのために、話しかけやすい雰囲気を常に意識している阿部さん。標準語ではなく、あえて京都弁を残しているのもそのひとつ。「方言って、取っ付きやすいというか和やかというか、柔らかい印象を相手に抱かせてくれると思うんです。私の仕事は、まず話を聞くことですから。少しでも多くの悩みや不安を話してもらえるよう、服装や発する雰囲気も含めて、“人を迎える準備”を常にしています」。

心が疲れて動けない時。ソッと寄り添い、話を聞いてくれる人がいる。そんな安心感が、職員を前に進ませます。そしてそれが、日本の未来に繋がっていくのです。


休みの日は、大好きなタイの海でリフレッシュ


PROFILE
阿部 尚
Nao Abe
京都府生まれ。日本の病院で精神科医として勤務し、2016年、在タイ日本国大使館・一等書記官兼医務官として来タイ。メンタルスケア相談医としてアジア全域を担当。趣味・リフレッシュ方法は料理。モットーは、「常に機嫌よく」。タイの好きなところは、良くも悪くも大らかな人が多いところ(つい笑って許してしまいます)。

 


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編集部より
恥ずかしながら、私自身も今回を機に知った医務官制度。縁の下の力持ちとして、自身の大変さは一切見せない阿部さん。そのプロフェッショナルな姿勢や“話しやすさ”など、見習うべき点が多い取材でした(山形)

取材・文 山形 美郷


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