発展の裏に潜む格差に対峙 国際労働財団・タイ事務所所長

大学時代のスタディツアーでタイ北部の村々を訪れ、自分の進むべき道を
決めた関口輝比古さん。山岳民族への生活支援から、タイ全土の労働者に向けた
支援へ。カタチを変えながらも、当初より変わらぬ信念を伺いました。

低賃金・長時間労働、公的な保障や保険を受けられないなど、社会的に保護されていない労働者、いわゆる「インフォーマルセクター・ワーカー」がタイには多く存在します。農業従事者や屋台、タクシー運転手、メイドといった職業に加え、無国籍の少数民族や周辺国からの出稼ぎ労働者らに支援の手を差し伸べるのが、関口さんが所長を務める「国際労働財団(JILAF)」タイ事務所です。

「タイでは就労者の約7割が、インフォーマルセクター・ワーカーに当たると言われています。我々は彼らに対して、労働法や保障についてのセミナーや職業訓練の提供、共同組合の発足などを通して、労働環境の改善を図る“セーフティーネット”の構築に努めています」。

事務所の管轄はタイだけでなく、東南アジア、南アジア、スリランカ、インドまで。タイで確立したモデルを他国で試したり、新規プロジェクトを立ち上げたりと多忙な日々を送っています。

そんな関口さんが初めてタイに来たのは、大学時代のスタディツアー。電気や水が通っておらず、電話も繋がらなかったタイ北部・山岳地帯の村「メーコック・ファーム」への訪問を機に、移住を決意します。インフラ整備から教育支援まで奔走し、「自分たちの村を、自分たちで改善していけるように」と、かねてから準備していた村の財団化を実現。気づけば8年が経過し、30歳を迎えた関口さんは、自身の将来を思慮するように。

「当時、周囲からのサポートで生活は出来ていたものの、収入はほぼゼロ。自分自身が自立できないと支援も継続できないと思い、2006年に村を離れました」。

2016年から開始したラオスのコーヒー支援政策では、バリスタ世界一の粕谷さん(左)と共に現地へ

より細やかで強固な“セーフティーネット”の構築を

バンコクで働きながら、メーコック・ファーム財団事業を兼務していた2012年。「国際労働財団」タイ事務所開設の話が届き、所長に就任。「これまでは村へ直接的な支援で狭く深くというカタチでしたが、今はタイ全土へ目を向けた支援という違う分野。異なるやりがいを感じています」と穏やかに笑います。例えば、火災や天災などに対する保障がない米生産者には、毎月100Bを徴収し、トラブル発生時に補助できる共済システムを導入。ゴムの価格暴落による打撃を受けていた生産者には、生産コスト削減や副収入の販売事業を提案するなど、自分たちで補完し合える体制づくりに取り組んでいます。「成功モデルはあれど、すべてに当てはまるわけではありません。まず試して、失敗を失敗で終わらせず、次に生かす。この繰り返しですね。大切なのは、継続することですから」。

少数精鋭のスタッフと共に、手探りながら少しずつ成功モデルは増加。事務所開設から6年が過ぎ、さらなる支援を誓います。「労働とひと言で言っても、その領域はとてつもなく幅広い。自分たちだけでは埋められない専門知識をフォローアップできるよう、今まで以上に専門分野の方々と連携を図り、現場の声をしっかりと取り入れていきたい」。

そう話す関口さんの元に、吉報が。メーコック・ファームで出会った子どもの1人が、上智大学への留学が決まったと連絡をくれたのだそう。「タイに帰って来たら、自分も村の力になりたいと話してくれました。教育もままならなかった村で、逞しく育ってくれたことが何よりです」。

すべての経験を糧に、関口さんはより強固な“セーフティーネット”を目指します。


PROFILE
関口 輝比古
Teruhiko Sekiguchi
1974年、東京都生まれ。日本の大学卒業後、97年からタイ北部・山岳地帯の村「メーコック・ファーム」で地域開発・国際協力事業に従事。2006年からバンコクで民間企業に勤めながらメーコック・ファーム財団の業務を継続。12年、国際労働財団タイ事務所の所長に就任。リラックス方法はマッサージ、海をぼんやり眺めること。


公益財団法人
国際労働財団

1989年5月、日本労働組合総連合会によって設立

開発途上国の労働団体や労働者に研修の機会を提供。現地における「教育活動」「社会開発活動」の支援により、民主的かつ自主的な労働運動と労使関係の発展、労働者の生活の質の向上に寄与することを目指します。
[問い合わせ]
タイ事務所
Tel:02-115-5510
Email:tsekiguchi@jilaf.or.jp
Website:https://www.jilaf.or.jp/


編集部より
柔軟で懐深く、穏やかな空気を身に纏う関口さんが口にした「急激な経済成長は、急激な格差が生まれる予兆」。タイの華やかな発展の影にある問題に、取材を通して気づかされました


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