2015年総活

暫定政権下でスタートした2015年。プラユット暫定首相が進めたのは、さらなる外国投資を求める恩典施策と鉄道や道路といった巨大公共事業だった。いまだ低迷からの脱却の糸口をつかめないタイ経済だが、その間、
日系企業のトップは何を考え、どう行動したのだろうか。隔週連載「タイの新潮流」では1年間で23人のトップインタビューを敢行。取材当時の状況を踏まえ、今年を振り返る。
※情報(写真・文・社名・人物)はすべて掲載時のまま。本文中の役職略

BOIが仕掛ける
変革への対応

これまでのゾーン制を廃止し、新たな投資促進制度の開始からはじまった2015年。これまでの地域(ゾーン)振興を軸とした恩典体制を大幅に改め、現在のタイが必要とする産業には、最大8年間の法人税の免除など手厚い恩典を付与した。

ところが、発表されたのが14年12月で、開始が15年1月というから多くの外国企業は対応に追われた。盤谷日本人商工会議所(JCC)も、タイ政府に対して詳しい説明会の開催を求めたものの、一部は混乱したまま、スタートを切った。タイ経済自体も年間を通して振るわなかった。タイ経済を支えてきた個人消費の低迷が続き、中でも自動車や家電といった耐久消費財は、13年5月以降、前年同月比割れが続いた。また、近年の農産物価格の下落や天候不順による生産高の減少が家計を圧迫。タイ中央銀行によれば、15年6月末時点の家計債務残高が同年3月末に比べ1・35%増の10兆7100億バーツと増え、国内総生産(GDP)に対する割合も80・61%(同79・93%)と拡大した。

それでも、コーセーの山本佳史氏(インタビューは1月)は「消費マインドの低下で、少なからず影響は受けたが、タイ人の美意識は高く、化粧品事業を生業とする弊社への影響は軽微。全体的な売上は上がっています。日本では考えられない市場です」と将来の見通しを明るく語ったのが印象的だった。同様に、個人消費の低迷が続く中、元気な業界もあった。ご存知の通り、タイ人の日本旅行の人気は留まることを知らず、14年に日本を訪れたタイ人は、前年比45%増の65万7600人と3年連続で過去最高を記録。

15年はというと11月現在で、訪日タイ人の累計は前年同期比21%増の70万3200人と、14年通年を超える盛況ぶりだ。PRの急先鋒である日本政府観光局(JNTO)の伊東和宏氏(同3月)も「タイ人の傾向は、食がキーワード。タイ、とりわけバンコクには多くの日本食レストランがあり、タイ人にとっても、身近な食のひとつです。旅行者の多くは、『もっとおいしい日本食があるはず』と本場の日本食を求めて旅行する人が多いようです。またリピーターも多いのも特徴です」とタイでの日本食ブームが後押ししていると語った。

勝機は、アイデア
新機軸を打ち出す

好調な分野はまだある。そのひとつがEコマース。タイのモバイル人口はネット人口をはるかに凌ぎ、電車や街なかで携帯端末(スマートフォンやタブレット)を操作する風景は、いまや日本と変わらないのは周知の通り。また、中間所得層の増加とともにクレジットカードの普及率が高まり、携帯端末を使って買い物をして、クレジット決済をする人が増えているという。

TARAD.com(タイ版「楽天市場」)を展開する廣田大輔氏(同5月)は、「14年は、政情不安の影響で外出を控えた人が、自宅にいながら携帯端末を使って買い物をしていたのか、取引は増加しました。仮に政情不安がなければ、さらに、もっと高い成長曲線を描いていたかもしれません」と言うとおり、景気低迷なんのその。IT分野でもネットベンチャーの雄であるGMOグループの中核を担うGMOクラウドの田中康明氏(同4月)も、「飲食店や美容・サロンといった店舗向けの集客用アプリケーションが好調です」と明るさをアピールした。

意外だったのは、自動車販売の低迷が直結すると考えられる損害保険業界が、思ったほど影響を受けずにいた。東京海上日動火災保険の三木晋吉氏(同5月)によれば、損保業界のマーケット自体が拡大しているため、同社の目標数値も毎年二桁増の伸びで設定しているという。しかも、中間所得層の増加に伴う個人向け損保のさらなる機会の拡大などが予想され、「進出50年のなかでも最大の変革期であり、飛躍しなければいけない段階だと自覚しています。それを実現するべく、昨年着任した際に掲げたのが、業界7位から3位への浮上です。今後5年で達成するつもりです」と意欲に燃える姿は勇ましかった。

一方で、新機軸で戦う日系企業もある。日本で駐車場の総合コンサルティングを手がける日本駐車場開発の川村憲司氏(同8月)は、都心でありながら、皆が自動車通勤する点で日本とは異なるタイ。同社がリサーチの末に考案した新事業は、昼間の空きがない駐車場を、VIPや一般人を区分して、値段とサービスに差をつける価値を利用者に選択してもらう新たなビジネスだった。結果、多くのビルから駐車場運営を任されたという。逆に、夜、ガラ空きという状況を活用し、シーロムの繁華街「タニヤ」で働く人たち向けに格安で貸し出したサービスは、まさに新機軸だった。

可能性という点で最も大きかったのは証券業界。日本最大の証券会社「野村證券」を中心とする野村グループで、子会社として海外市場唯一の上場企業であり、かつ、個人投資家向け事業(リテール)を行うタイのキャピタル・ノムラ・セキュリティーズの中村貴仁氏(同10月)はこう語った。「証券投資の口座数については、タイはいまだに約110万口座と言われています。人口が約6800万人ですから、比率は低いですね。しかも、口座を開いている人は、いくつかの金融機関に分けて保有しているので、実際は約30万人台とも言われ、拡がる余地はあります」と……。

大盤振る舞い
BOIの投資奨励

タイ政府が、新たな恩典制度を設けた2015年。背景について警鐘を鳴らしたのが、野村総合研究所の水野兼悟氏(同5月)だった。同氏は、これまでの成長モデル、いわゆる労働集約型産業からの転換を迫られ、極めて大きな転換期を迎えるとした上で、タイの事業を高度化するには「R&D(研究開発)を強め、人材育成を図らなければいけません。基礎教育を高めるには、校舎や設備といったハード面への投資のほか、教師や教材などのソフト面への投資も必要となるでしょう」と指摘した。まさに、これがタイ政府の進める方向性でもあった。

実際にタイ政府は9月15日、タイ投資委員会(BOI)が提案した投資奨励法(1977年)の改正案を承認。BOIの業務円滑化と外国企業の投資誘致を強化するさらなる手厚い優遇措置が図られることになった。改正案では、研究開発分野の企業に対する恩典において、材料や資材の輸入税の減免、法人税免税措置を従来の8年から最大13年へと拡大するとともに、免税期間終了後の5年間の減税率(現行50%)を90%に引き上げるというから、水野氏の警鐘は、政府も危惧していたようだ。

また、前述(研究開発分野対象)とは関係なく、2015〜16年中に投資申請した企業が、17年末までに投資を実行した場合、法人税の免除を最大2年間延長。さらに、政府が進める経済特区向けの投資プロジェクトについては、同じく法人税の免除を2年追加(上限8年)。経済特区外への投資プロジェクトは同1年(上限8年)延ばすなど、「これでもか」の大盤振る舞い。あの手この手と投資奨励を発表するBOIの目的は、GDPの7割を占める輸出依存度を引き下げ、民間投資による内需主導型への変革。それこそ、タイ政府が掲げる「中進国の罠」からの脱却が目的だろう。とはいえ、焦りともとれる矢継ぎ早な対応には少々疑問も生じた。

今年1月1日から始まった新投資制度も、本当に順調なのだろうかと思っていたが、案の定、タイの外国直接投資額(2015年1月〜8月)において、日本が過去40年で初めて1位から陥落したというニュースが飛び込んだ。その要因のひとつが、ゾーン制廃止後の投資額の減少だった。ただ、BOIのヒランヤー長官は、「額は減りましたが、その分、高い技術力を持つ中小企業の進出が増加し、悲観的にはなっていません」と強気に切り返していた。

責務という日の丸
背負う歴戦の猛者

今後、日タイが期待するのが15年12月末発足のASEAN経済共同体(AEC)だろう。関税撤廃、通関手続きの簡素化などが図られることで、ASEAN域内のヒト・モノ・カネ・サービスが自由に行き交う時代が訪れる。当然、トップクラスの投資国である日本への期待も大きく、「進出済の日系企業は、こういった施策やタイ経済の先行きも踏まえつつ、今後の事業戦略を考えていくのではないでしょうか」と語ったのは、国際協力銀行(JBIC)の宮﨑慎也氏(同11月)。

準備に余念がないのが物流企業だった。域内の自由化で、物流業界としてチャンスが増えることは必至。タイから人件費の安い他国へ部品を送り、アッセンブリしてタイへ戻して販売する動きや、タイの生産物を他国へ送って販売するといった陸路でのクロスボーダー輸送の増加が見込まれる。また、逆に他国から部品を購入し、タイでアッセンブリして輸出する動きも活発になるだろう。そのため同業界では、新たな需要に耐えうる物流拠点としての倉庫の拡充を急いでいる。取材した、誰もが経済大国ニッポンの日の丸を背負い、世界と戦ってきた猛者ばかりだった。AEC発足後、世界が注目するASEAN。その中心であるタイは、いまだ成長過程にある。2016年も羅針盤となるトップたちの声をお届けしていきたい。

編集後記

振り返れば、不況の代名詞だった“ニッポン”は、丸3年を迎えた安倍晋三政権が打ち出したアベノミクスによって、円安、株高をもたらし、表向きは華々しい成果をあげている。逆に、経済成長の優等生を演じてきたタイは“景気低迷”という四文字がつきまとう対称的な1年だった。それでも、不景気脱却を目指すタイ政府は、経済担当のソムキット副首相を中心に、2度の景気刺激策を実施し、11月には、日本からのさらなる投資を狙った誘致活動(訪日)を断行。あの手この手の優遇措置をエサに、熱烈なラブコールを送り続けた。まさに頼みの綱は“日本”と言わんばかりだ。それでも、新潮流で取材してきた(タイの)ビジネスシーンの最前線で戦うトップは冷静だった。「見えるイワナは釣れない」と釣り人が言っていたのを思い出す。透明度の高い渓流では、エサをたらしても魚眼には人の姿が映り食いつかない。用意周到な準備と経験を持ち合わせる釣り人は、見えない場所に糸をたらす。だから、勝機を逃さない。タイの潮流を読み解く条件は、見極める眼“真贋”だった。(北)

 


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