日本航空バンコク支店

就航60周年からはじめる さらなる品質向上への挑戦
支店長 森本 斉

《プロフィール》
もりもと・ひとし

■1961年生まれ。1985年日本航空入社。空港、客室、販売の現場、国際営業企画、運航乗員企画、マイレージ企画、関連航空会社(事業計画、総務担当)を経て現在に至る。
■座右の銘:士不可不以弘毅(士は以って弘毅成らざるをべからず)
■愛読書:壬生義士伝(浅田次郎)
■趣味:熱帯魚観賞(日本では4つの水槽で海水魚、淡水魚、エビを飼育していました)

 


 

10月4日で、日タイ就航60年を迎えますね
1956年に国際線ではサンフランシスコ、香港、ソウルに続き4番目の都市として就航しました。
当時はJCC(バンコク日本人商工会議所)の会員企業が30社、日本人会会員が300人でしたが、その後の日タイの絆の深まりに合わせてJALも成長させていただきました。

 

今年は新たなサービスが目白押しですね
周年記念としては「ダブルマイルキャンペーン(11月15日搭乗まで)」を実施します。
機材では、すでに6月からJL034/031に、9月23日からJL032/033にフルフラットの「SKYSUITEⅢ」を装着した機材を導入します。
ビジネスはもちろんですが、プレミアムエコノミー、エコノミーも快適性を追求した新しいシートです。11月4日~6日に、サイアム・パラゴンで行われるJNTО主催のFITフェアで実物を展示しますので、是非、ご覧いただきたいですね。
また、年末から旧正月にかけての旺盛な需要に対応し12月23日~17年3月25日まで期間限定ですが、成田~バンコク線を増便します。
マイレージプログラムでは、イオンに続きクルンシィ(アユタヤ銀行)のクレジットカードとの提携も、8月から開始しました。

 

サクララウンジも刷新すると聞きました
現在のラウンジは、2006年のスワンナプーム開港時の開設なので、さすがに古さが目立つようになりました。10月1日から一旦閉鎖し、3月にリニューアルする計画です。
新ラウンジでは、ハード面はもとより、食事やサービスなどのソフト面にもさらに磨きをかけます。

 

ローコストキャリア(LCC)に対する戦略でもあるのでしょうか
よく質問されますが、競合相手とは捉えていません。快適性や定時性重視の方、価格重視の方などニーズが多様化する中で各社が持ち味を活かしたサービスを提供することにより棲み分けが可能です。
LCC参入で訪日需要の裾野が拡がることによって、日本的なおもてなしで差別化を図る私どものビジネスチャンスも拡大すると考えています。

 

初の海外駐在と聞きました
入社後に何度かタイを訪れてファンになり、新婚旅行もタイ、家族旅行でも何回も訪れました。
タイの風土、気候が合うのか、また、訪れる度に出会うタイの人々からの温かい心づかいに惹かれたのは事実です。農業大国であり、食が豊かな国は、人の心も豊かになるのですね。
リタイヤ後も含めて、いつの日かタイと関わって暮らしたいと考えていましたが、まさか、バンコク支店長を拝命するとは思いもよりませんでしたので非常にうれしかったです。

 

まさに天命ですね
当初はうれしさが先に立ちましたが、引継ぎが進むにつれて責任の重さを痛感しました。
JALの中でも屈指の歴史と規模を誇るバンコク支店で、航空会社の基本的な要素、即ち、安全運航、最高のサービスの提供は当然ですが、加えて日本とタイの絆のさらなる深化に貢献することが、私どもの使命です。
75年に始まった短期留学プログラムのJALスカラシップにはこれまで150人以上のタイの学生が参加し、多くの方々が政府・民間で要職に就かれ活躍されています。
90年から始まった「世界こどもハイクコンテスト」は、初回にパチャラキティヤパ王女がご参加されたことがご縁となり、王室からのご支援を賜っています。優秀作品の表彰のために学校を訪れた際の先生・生徒さんの心尽くしの歓迎には毎回心を打たれます。
また、歴代のJAL支店長は日本人会主催の「ラムウォン盆踊り大会」の実行委員長を務めています。最初は小さな盆踊り大会でしたが昨今では日本人とタイ人合わせて一万人近くが参加する日タイ文化交流の一大イベントとなっています。
このように、航空事業以外でも日本とタイの絆を深めることに役立てていることは、私のみならずバンコク支店全員の誇りであり、励みになっています。
人間で言えば還暦を迎えました。生まれ変わった気持ちで新たな時代を切り拓いていきたいと思います。

 


 

編集後記
日本初の国際線となる東京(羽田空港)〜米国・サンフランシスコ線を就航。その後も半世紀以上にわたってフラッグ・キャリアとして、多くの日本人を世界中に運んできた。今年60周年を迎えるバンコク線は、日系企業の進出増と共に発展。2011年の大洪水には多くの日系企業(工場)で生産がストップ。企業は雇用を続け、逆に日本へ(ヒトを)送り生産する手段を選ぶ。その際、多くのタイ人ワーカーがJALに搭乗し、日本の地を踏んだ。「歴史の重さ」の陰に“エピソードあり”である(北)。

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