タイの医療水準や設備レベルは高く、最先端の医療技術を受けることができます。

このお話は、バンコクで暮らす日本人家族が経験したサミティベート病院(スクンビット院・シーナカリン院)での入院から手術、回復までを記した医療体験記です。

家族紹介

タイ在住8年目。身体を動かすことが趣味の夫、市場散策好きの妻、お絵描きが大好きな7歳の娘の3人家族。
朝から夜まで海で過ごすほど、家族全員海が大好き。

ただの腹痛だと思っていたら…
タイの医療に救われた!7歳娘の入院体験記
第3話 命の綱渡り

翌朝病院に行くと、昨夜遅くまで娘の到着を待っていてくれた主治医やスクンビット院からずっと付き添ってくれていたパチャリン先生、ECMO装着時に駆けつけてくれた小児心臓麻酔科医、他にも数名の医師が集まり娘の治療を行ってくれていました。
ECMOを管理する医療スタッフや看護師たちもいて、PICUの中でも娘の病室だけ人だかりができていました。

娘はECMOや人工呼吸器をはじめ点滴や投薬のため10〜15本の管に繋がれ鎮静剤で眠らされた状態でした。
時折、医師に促されて私たち夫婦も娘のそばに行き名前を呼ぶと、うなずいたり、目を開けたりしたので、それにはとても励まされました。

しかし、一命は取り留めたものの、心臓は全く安心できる状態ではなく、心拍数や血圧、血中酸素などを確認するモニターのアラーム音がしょっちゅう鳴り響いていました。
また、娘は心臓から全身に血が送られない状態が長く続いていたため多臓器不全にもなっていました。

心臓だけでなく、腎臓や肝臓などを同時に考えて治療しなければならず、非常に難しかったようです。
特に腎臓の数値が非常に悪くほぼ機能しておらず、娘の顔や身体はパンパンにむくんでしまいました。
その治療のため24時間透析をすることになり、首からも大きな管を通すことになりました。

前日の朝までは入院していたものの普通に喋っていた娘が、生命維持のためにたくさんの管に繋がれ、笑うことも喋ることもなくベッドの上に寝かされ、命の綱渡りをしていました。
私たち夫婦は病室の外でただ見守ることしかできませんでした。

「元気だった娘がどうして?」「娘はどうなってしまうの?」と不安で押しつぶされそうになり、娘に何が起きたのか、もっと早く気づいてあげることはできなかったのかと、インターネットで情報をかき集めました。

ネットの情報に一喜一憂しながらも、一命は取り留められたし、ECMOも無事つけられたし、きっとこれから娘は良くなっていくはずだと信じていました。

 

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