タイの新潮流〜連載50回特別座談会

東南アジア(ASEAN)の雄“タイ”は、世界経済の中で最も注目されている国だ。日系企業の進出は古く、活動が確認されている日系企業数は4500社を超え、現在もとどまるとこを知らない。2013年10月、 タイで活躍する日系企業(団体)のトップが、いま何を考え、取り組んでいるのかを、ビジネスと横顔(私生活)の両面から取材した「タイの新潮流(隔週掲載)」も連載50回を迎えた。そこで、異業種座談会と題して、過去に登場した4人のトップに話を聞いた。

野村総合研究所タイ 社長 水野 兼悟
1968年生まれ。石川県出身。慶応大学卒業、東京大学大学院後期博士課程単位取得退学。1992年入社、マニラ支店長(2006~2013年)を経て、2013年に野村総合研究所タイを立ち上げ、社長に就任。
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コーセー(タイランド)MD 山本 佳史
1964年生まれ。大阪府出身。1987年同志社大学卒業、同年コーセー商事(現コーセー)入社、大阪南営業所配属。その後、広島・名古屋・北海道ストア・千葉第2支店、チェーンドラッグ部中四国・九州統括を経て、2013年5月より現職。
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タイ大塚製薬 代表取締役社長 﨑山 基行
1976年1月3日生まれ。福岡県(小倉)出身。1998年九州工業大卒、同年大塚製薬入社、広島支店、2009年アジアアラブ事業部、11年タイ大塚製薬代表取締役社長。現在に至る。
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大和証券 バンコク駐在員事務所 所長 工藤 裕徳
1966年生まれ。大分県出身。89年明治大学商学部卒業、2006年筑波大学大学院前期博士課程修了、修士(法学)14年筑波大学大学院後期博士課程満単位取得退学。1989年安田信託銀行(現・みずほ信託銀行)入行、その後、Alico Japanを経て、2002年より大和証券に勤務、13年大和証券バンコク駐在員事務所 所長
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―タイ経済が低迷する中で、2015年も折り返しました。各業界の現状と下半期の予想を聞かせてください

コーセー(タイランド)マネージングダイレクター 山本佳史(以下、山本) タイ経済は厳しいと言われていますが、弊社の売上は堅調に推移しています。業界事情を話すと、バンコクのような都心から地方都市にショピングモールの建設が続き、テナントとして参入企業が相次ぎ、タイの化粧品市場の競争は激化しています。人気百貨店では、各メーカーが激しく争い、入れ替えも多いですね。郊外の百貨店に出店するというトレンドが続いています。

大和証券バンコク駐在員事務所 所長 工藤裕徳(以下、工藤) 証券業界は、2014年は政治動乱のなかでも株式市場は安定していたのですが、ここ3〜4ヵ月くらいは外国人投資家の売り越しが続き、SET(タイ証券取引所)のINDEXも下がってきています。米国の金利引き上げと併せ、タイ経済の見通しも厳しいものとなっていることを意味しています。政府関係機関等の今年のGDP成長率の予測は、3%程度ですが、1%程度、場合によってはマイナスになる可能性も十分にあります。これまでタイ経済を牽引してきた自動車産業を中心に、当面の環境は明るい材料があまりありません。

野村総合研究所タイ 社長 水野兼悟(以下、水野) 工藤さんの仰る通り、とても厳しいと思います。特に地方経済は、お金が回らず苦しい状況です。自動車業界で言えば、2012年末だった自動車購入支援策(ファーストカー減税策)の最低保持期間が17年までに切れるので、買い換え需要がどの程度あるかでしょう。弊社への調査・コンサルティング依頼が多いのは、日系企業だけでは参入しにくいサービス業ですね。例えば、金融、eコマース、放送・通信といった、先進国に比べて成熟していない産業です。

タイ大塚製薬 社長 﨑山基行(以下、﨑山) 医療・健康産業は、比較的、景気に左右されない業界です。タイでは2002年からユニバーサル・カバレッジと言われる、日本の国民皆保険に近い制度が発足しました。「30バーツ医療制度」と呼ばれる、保険に加入している公務員や会社員以外を対象に、病気の診断、治療、投薬に1回30バーツで受診できる制度です。ただ、導入から十数年経ちましたが、財源確保がなかなかできず、タイ政府では、医療費抑制を掲げはじめています。

―御社の強みを聞かせてください

山本 商品の安心感ですね。肌に直接使われるものですから安全・安心が第一だと思っています。弊社商品の価格は、タイでは高級品に位置することが多いです。それでも“雪肌精”という商品は、商品名が漢字で書かれているにも関わらず売れています。富裕層を中心にリピーターが確保できている商品です。

工藤 タイ企業に対して、「日本」を絡めたサービスの提供でしょうか。これまでタイ企業は香港やシンガポールの機関投資家を中心にIR(インベスター・リレーションズ)しに行っていましたが、ここ数年の傾向として、日本の機関投資家に対してアピールしたいという声が多いですね。日本の機関投資家もASEAN、タイへの関心を高めているので、相思相愛の関係です。

水野 タイという国は、基本的に日本に対して興味を抱いている点が、他国とは違います。そのアドバンテージは大きいでしょう。ビジネスをする上で、これほどスタート地点で得できる地域はないと思います。

﨑山 商品力といえば、タイに栄養輸液の工場を設置してから42年が経ちます。研究施設もあり、研究開発をしながら、製品を作れるという一貫体制が整っている点は、一日の長でしょうか。加えて、高齢化が進むタイでは、健康政策が進められ、日本政府もASEAN地域へ日本の健康産業の輸出を進めると明言しています。今年3月には、JCC(バンコク日本人商工会議所)化学品部会内に医薬・医療分科会が設置されました。90社ほどの日系企業が参加し、何ができるかを検討していきます。

―タイは親日国という点で、強みを生かせているわけですね。人材面でも良い点が多そうです

山本 古くから日系企業の進出があり、日本の文化を受け入れる土壌ができたという点から、終身雇用・年功序列といった日本的経営を導入しようと考えております。例えば、マネージャークラスが抜け補填するために、コストを支払えば優秀な人材はきてくれます。ところが、短期間でそれを繰り返していれば、ファミリー的な要素が減り、サバサバとした職場に経費負担も増えます。タイには「ピー(目上の人に対する敬称)◯◯さん」と年上を敬う文化があります。人を育て、次の世代に引き継いでもらう。古き良き日本の組織力を作りたいですね。ちなみに、タイへ赴任して2年が経ちましたが、マネージャーとゼネラル・マネージャークラスの7割を変えましたが、ほとんどが内部昇格者です。

工藤 高度な金融知識が必要とする職種とそうでない職種では、賃金に相当な開きがあります。高度な知識や能力を持った人材は、タイに限らず、香港やシンガポールなどアジアのどこでも働くことができます。つまり賃金もタイ国内の水準ではなく、アジアのトップ水準との比較になってきます。以前、採用活動をしていたときに見た経歴書の中で、月収が120万バーツの32歳のタイ人も居ました。タイでは日本以上にヘッド・ハンティングによる勧誘が多く、優秀な人間には、ほぼ連日のように電話がかかってきているようです。賃金の高騰が著しく、採用には苦労しています。

﨑山 実力の違いがはっきりとわかるからでしょう。工場勤務では、同じ歳のタイ人同士ならば、1000バーツの開きでもものすごく意識していますよ。

水野 タイでは、専門職とそうでない職業との差がありますね。逆に言えば、日本の専門職の賃金が低いのだと思います。普通に日本の駐在員よりも賃金の高いタイ人は増えていますよね。IT業界で言えば、プロジェクト・マネージメントのできるエンジニアや、医師、会計士、弁護士といった“士”の付く職業、金融でしょうか。それらの職種は、アジアのトップ国と同レベルに近づいています。

﨑山 人材に関しての悩みは尽きませんね。内部昇格を望んでいますが、実際は、外部から採用したほうが勝率(成功)が高いこともあります。最近は、3つのレイヤーに分けて、若年層向けには、マネージャースキルの開発と段階的に給与(固定)アップを約束し、マネージャークラスには、仕事面だけでなく、後輩教育や自社に対する貢献力を考慮した上で、昇格させ、給与面に反映させる。ただし、製造業の悩みとしては、人材の定着率は高い反面、年間数%の賃金上昇が経費を圧迫させ、能力と給与を考えた時、たまにリフレッシュしたいなと。 そうした悩みのなかで、製造コストをどう管理するかもトップとしての使命と思っています。

―人材=賃金コストの悩みにつながるわけですね。各社の昇給方法を教えてください

﨑山 弊社は業界と市場の数字を絡めて、そこに業績を加えた上で算出しています。

工藤 明確な計算方式はなく、引き抜かれるおそれがある社員には、業界水準を考慮して支払っています。タイに来て2年が経ちますので、経歴と経験からだいたいの相場感をわかってきました。日本であれば、CPI等を基準に決めるのでしょうが、ご承知のようにタイは転職社会で、転職によって給与を上げていく社員が多いので、残ってもらいたい社員には、転職したらもらえるであろう給与水準を考慮して決めざるを得ないのです。

―12月にAEC(ASEAN経済共同体)が発足します。影響はありますか? もしくは考えられる影響は?

山本 国境沿いへのショッピングセンターの出店が加速しています。新幹線で結ばれる計画もある、ミャンマー国境のタイ北部ターク県メーソート市とラオス国境のタイ東北部ムクダハン市の発展は目覚ましいです。現在、弊社はタイでは工場を持っていませんが、将来的に工場建設となった場合、AEC発足で、どこに設置すればという悩みはあります。

工藤 タイ企業がAECの中で、少なくともメコン地域の中で、自分たちがトップになるんだという気概(コミットしている)を感じます。M&A市場でいえば、タイ企業によるベトナムやミャンマーといったAEC域内企業に投資する、あるいはジョイント・ベンチャーを設立するという話が増えています。

水野 弊社の性質上、AECを睨んだ調査依頼が増えていますね。特に物流ネタですね。AECは遅々として進むと思います。ただし、タイはメリットを享受する側となるのでしょう。むしろ、タイよりも周辺国の方が影響を受けるでしょう。タイ政府も勝ち組であり続けるために、空港や国境越えのインフラ整備を急いでいるわけです。すでに、交通の要衝となる地域の土地をタイ財閥系企業が買いあさっているという話も聞きますよ。

﨑山 AECに関しては、数ヵ月前に前述のJCC分科会にて勉強会を開きました。結果は、短期的にはすでに医薬品の関税率は0に近いので影響はなく、人の面でも、タイの医師や看護師は様子見といった感じです。長期的には、医薬品や医療機器の相互(2国以上)承認が期待されています。

―異業種ということで、この機会に他社へ聞きたいことはありませんか?

﨑山 皆さん言われますが、会議中に携帯をいじる、遅刻するといったことが、なかなかなくなりません。

山本 一緒です。遅刻しておいて、定時に帰る。最初は、「遅刻厳禁」とうるさく言っていましたが、途中から考えを変え、フレックス制を導入しました。遅れたら、その分、定時を過ぎても 働き、必ず8時間働くことを義務付けしました。これは効果てきめんでしたね。社内効率がグッと上がりました。スタッフもうるさく言われないし、それでいて仕事はきっちりやるから不公平感がない。

工藤 それいいですね。私もタイに来た一年目は遅刻に対して、結構、うるさく指導していましたが、最近は慣れたというか、あきらめたというか、ある程度、寛容に対応しています。


 

編集後記

“現状維持は退歩なり”。ウォルト・ディズニーや名だたる偉人はそう言い残した 。今回の座談会では、4人の日頃の問題意識と解決策が聞けた。“経営者は孤独”と言われる。経営上の課題に対して、トップは最終的な決断を下さなければならない宿命を背負っている。そういう意味で、今回の誌面を読んで頷いてくれた読者(トップ)もいるだろうし、課題の解決策の一助になれば、連載の意義は一層深まる。今後も挑戦するトップの姿を掲載し続けると同時に感謝の意を表したい。(北川 宏)

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