「技術よりも人間性を育てたい」 マヒドン大学・ピアノ科教員

1995年から、マヒドン大学音楽学部のピアノ科教員として勤務。
教え子はタイ国内外のコンクールで入賞を果たし、自身も指導者として数々の
受賞経験を誇る中川恵里さんが、ピアノを通して伝えたい想いとは。

 BTSシーロム線の終着点・バンワー駅から車で30分。緑溢れる開放的な建物が、中川さんが働く国立マヒドン大学サラヤーキャンパスです。タイに渡ったのは、1995年。当時、アメリカで大学のピアノ科教員として働いていましたが、タイ人であるご主人の都合により移住。タイの音楽に対するイメージは一切なく、ピアノを続けられるか不安を抱きながらも、「ピアノに関わる仕事をしたい」と、真っ先に探したのが音楽講師の求人でした。

 願い叶って、マヒドン大学のピアノ科教員として採用されたものの、当初は音楽学部が開設されておらず、ピアノを学びたい教師や子どもたちに向けて指導。その2年後、待望の音楽学部が創設されました。「ピアノ自体が高価なため、タイでは弾ける人が限られていましたし、クラシック音楽自体に関心がないためか、当時のタイのレベルは日本の50年前という印象でした。また、タイ人が考えるピアノの良し悪しは、英国の検定試験のランク次第という考えが根付いていて。試験に合格するための練習ばかりで、その課題曲しか弾けない学生も多かった。とにかく、基礎がなかったんです」。

 異なる考え方に戸惑いつつも、基礎の大切さを伝え続けてきた中川さん。いい音を響かせる手の形、譜面の読み方、曲の構成―――すぐに習得できるものではありませんが、根気強く教えることで成長がありありと見られると、実感を込めます。「ピアノが上手く弾けること、コンクールで賞を取ることも大事ですが、私は生徒たちに“考える力”を身につけてほしいと思っています。1曲だけでなく、すべての曲に応用できる力がつけば、どんな場面でも切り抜けていけますから」。

リサイタルを定期的に行う他、室内楽奏者や伴奏者として国際的に活動する中川さん

音楽には人間性が表れるだからこそ、自分を磨いて

 日本、アメリカ、タイと国を変えながらも、ピアノと共に人生を歩んできた中川さん。けれど、ピアノが好きだと自身で感じられたのは、20歳を過ぎてからだったのだとか。「当時はピアノが大好きというわけではなく、他に出来ることがなかったんです。けれど年月を重ね、技術や知識が増しながらも、鍛錬に終わりはないと気づきました。ピアノって心底奥が深いなと日々感じています」。そして、「生徒に教えながら自分自身が学んできました」と穏やかに言葉を紡ぎます。点字の楽譜を読み込み、50分の卒業演奏まで完璧にやり遂げた盲目の生徒や、右手を痛め、左手だけで出場可能なコンクールで賞を獲得した生徒など、さまざまな教え子と対峙しながら、ピアノを弾くために大切なことを教わったのだと言います。

「私は、生徒をただ優秀なピアニストにしたいと考えているわけではありません。いいピアニストである前に、いい音楽家に。いい音楽家である前に、“いい人間”になってほしい。音楽には、その人自身の人間性が表れます。だからこそ、人を感動させられるのではないでしょうか」。中川さんは生徒にその想いを伝えるためにも、まずは自分自身がいい人間であるよう努めているのだそう。

 近年、生徒が国際コンクールで賞を獲得するなど結果を出す一方、中川さん自身も「ショパン国際ピアノコンクールインASIA」(2013)で指導者賞、「カワイ音楽コンクール」(2016)で最優秀指導者賞を受賞するなど、高い評価を得ています。今後もずっと、ピアノと共に生きたいという中川さん。その情熱は、教え子を通し、次の世代へと繋がっていきます。


PROFILE
中川 恵里
Eri Nakagawa
1961年、大阪府生まれ。4歳からピアノを始め、大阪教育大学特設音楽課程を卒業。アメリカ留学を経て、結婚を機にタイへ移住。95年からマヒドン大学音楽学部ピアノ科教員として勤務。「カワイ音楽コンクール」(2016)で最優秀指導者賞を獲得するなど数々の受賞経験を持つ。教員の傍ら、ピアニストとして国際的に活動。大阪国際音楽コンクール審査員・タイ支部長も務める。リフレッシュ方法は、ピアノを弾くこと。


マヒドン大学音楽学部
多彩な演奏会を開催!プロの演奏を聴きませんか?
タイを代表する「タイ・フィル」をはじめ、学生・教員、多彩なゲストによる演奏会を頻繁に開催しています。お気軽にお越しください。日程は、下記URLまで。また、ピアノ演奏会やレッスンのお問い合わせは、メール&電話にてどうぞ。
[問い合わせ]
Tel:083-711-3332
Email:erinakagawa@hotmail.com
Website:https://www.music.mahidol.ac.th/


編集部より
「同じ曲でもその時々で技術や弾き方は変わるため、完成形には一生出合えませんね」と、常に“最高の演奏”を追求する中川さん。軽やかなショートヘアと笑顔がとても素敵な方でした(山形)


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