箏の音色をタイ全土へ 興味の芽を広げる箏演奏家

日本で暮らす20代の頃から海外ツアーに帯同し、日本文化を箏(こと)の
音色に乗せて発信して来た坪井紀子さん。箏歴40年以上。奏者として、
指導者として、新たな転換期を迎えた坪井さんの現在地を尋ねました。

ピンと張られた絃を両手で次々と弾き、時に抑え、叩きながら繰り出すハーモニー。空間を一瞬で制すような凛とした音を響かせる坪井さんは、タイで唯一の箏演奏家。自らステージに立つ一方で、指導者としても活動しています。

坪井さんが箏を始めたのは、8歳の頃。母親が箏の指導者であり、箏がある生活が当たり前。興味を持ったのも、至極自然な流れでした。「今思えば、まったく真剣さに欠けていました。芸大受験を決めたにも関わらず、何となく弾き続けていたという感じだったんです」と、坪井さんは笑いながら振り返ります。

そんな意識をガラッと変えたのが、師である沢井忠夫・一恵さん宅での門下生たちとの出逢い。大学受験前の合宿で上京した際、身を呈して箏の稽古に励む門下生らの姿を見て、プロが奏でる本物の音を聞いて、それまでの箏のイメージを180度変えられたと言います。「まさにカルチャーショックでしたが、おかげで箏へ真剣に向き合うスイッチが入りました。私の箏歴は、ここから始まったと言っても過言ではありません。その後、大学受験は失敗しましたが、沢井先生の内弟子に入って修行しました」。

米国やアジアなど先生の海外ツアーに帯同した後、米国の大学で5年間箏の講師に就任し、日本独自の音を発信。自身のスキルアップも図っていた2001年、結婚を機にタイへ移住したのでした。

9人のミュージシャンから成る多国籍バンドで演奏した、スイス・ローザンヌで’のコンサート風景

後進を育てるためにも
自分自身の意識を変える

右も左もわからなかったという初めてのタイでも、箏に触れる日常は変わりません。日タイ交流イベントや在タイ日本国大使館での演奏会といった、タイ国内で開かれる交流の場で演奏活動を継続。並行して、箏を習いたいと志願するタイ人や日本人への指導を行い、タイ国内での箏の認知度を一歩一歩、高めて来ましたが、不安な点も……。

「もし私がタイを離れたら、箏を教える人がいなくなり、その存在自体が薄まってしまうことは確実です。これまでの活動を繋げる意味でも、まずは今の生徒たちが箏を続けたいと思えるような指導をしなければと切に感じています」。

坪井さんにとって、「稽古=厳しい」が当然のこと。しかし数年前、ある生徒から「厳し過ぎる」と言われたことが、考え方を変えるきっかけになったのだとか。

「基本を身につけてもらいたいがために『こうしなさい』ばかりで、褒めたことがなかったと気づきました。長く続けるためには、“楽しい”と思えることが重要です。辛い稽古でも、うまく弾けるようになった瞬間を味わえたら、楽しい気持ちが生まれます。コツコツと積み上げる基礎の時期を乗り越えて、楽しい瞬間に辿り着けるよう導けるかが、今の課題ですね」。

自身の研鑽にも注力したいと、昨年で仕事を退職。華麗に見える箏の演奏ですが、実際は体力の消耗が激しく、いつまでも続けられるものではないからこその決断でした。「絃を弾くには相当の力が必要ですし、全身を使います。指導は一生できますが、自分の演奏を追求できるのは、私の場合あと10年くらいかなと。それならこの10年、徹底的にやろうと決めました」。練習時間の増加や土台となる古典楽曲の読み込みなど、これまで不足していた点を補うように今、箏に触れているのだと嬉しそう。「いつか、タイと日本の生徒たちで大合奏がしたい」。その想いが、坪井さんを前に動かします。


PROFILE
坪井 紀子
Noriko Tsuboi
1967年、福岡県出身。86年「沢井筝曲院」講師資格取得後、家元である沢井忠夫・一恵の内弟子となる。92年NHK邦楽技能者育成会修了。同年9月より米国カリフォルニア大学へ音楽学部・筝クラスの講師として5年間赴任。2001年よりバンコク在住。後進の指導にあたる傍ら、日本、米国、アジア諸国で演奏活動を続ける。リフレッシュ方法は睡眠。


サロン・オ・デュ・タン
月3回、坪井先生による
箏のレッスン開催
外国に住む今だからこそ、日本の音に触れてみませんか? スクンビット・ソイ35の「サロン・オ・デュ・タン」で箏教室を開催しています。体験レッスンもあるので、お気軽にお問い合わせを。
[問い合わせ]
Address: Room 4D, 4thFl, GS Mansion, Sukhumvit Soi 35
E-mail: salonhdtemps@gmail.com


編集部より
独奏より、集団で弾く合奏が幼少期から好きだったという坪井さん。「それぞれの音がピタリと重なる瞬間が最高に気持ちいい」と熱を込めて話すその姿に、大合奏はそう遠くない未来だと感じました


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