一人ひとりの可能性を開く シンガー兼ボイストレーナー

「自分は歌手になる」―。物心ついた頃から芽生えた歌手への志を貫き、
挑戦を続けて来たchitoseさん。歌えなくなった空白の2年を経て、
タイで出逢ったボイストレーナーという役割。その軌跡とこれからについて。

メジャーデビューを目指し、日本で音楽活動を行って来たchitoseさんが旦那さんと共にタイに渡ったのは、2012年10月のこと。その直後、バンコクで活動する「劇団サザン天都」のメンバーと知り合い、ボイストレーニングの指導を頼まれたことが、スクール開設のきっかけに。

「私は自分がプレーヤー(歌う側)でいたいと思っていたので、依頼を受けた時は正直ためらいました。ただ、働いていなかったので時間はあったし、求めてくれる人がいるなら応えよう! と始めたら、嬉しいことに舞台は大成功でした」。

その後、chitoseさんのレッスンを受けたいという声が続出。また、偶然参加した歌のコンテストで現在のレッスン場所となるカラオケボックス「My Porch」のオーナー・上野さんと出会い、部屋を提供してもらうことになるなど、見えない力に引き寄せられるように話は進展。来タイから約4カ月で、ボイストレーニングスクール「Souls lover」がスタートしました。

「歌がうまくなりたい人が来るだろう」という当初の予想は一転。4歳から60歳以上までの幅広い層が集まる中、大部分の入会理由はコンプレックスから来るものだったとchitoseさん。そんな生徒たち一人ひとりと向き合うことで、技術を超えた人生の豊かさを願うようになったのだそう。「私は歌が上達したり、キレイな声が出せるようになったりといった表面的なことではなく、それぞれが自分の成長を感じて自信を持てるように、日常がより楽しくなるように、その可能性を開いていきたいんです」と想いを口にします。

4月末に行われた「イオン桜まつり」のステージではバンド形式で力強い歌声を披露

自分のためではなく
出逢った人たちのために

そんな今の姿からは想像もつきませんが、chitoseさんは来タイ前の2年間、音楽との関わりをすべて断っていました。オーディションを受け続けたものの結果が出ず、28歳でチャンスを掴みかけた時に年齢が理由で落選。「もう頑張りようがない」と心が折れ、パニック障害を発症。自身を再び、音楽の道に戻してくれたのがタイだと振り返ります。「多くの方々との巡り合わせがあり、パニック障害はスクールを始めて落ち着きました。日々、生徒のことを考えていたおかげで、解消されたのかもしれません」と笑顔を見せます。

chitoseさんがレッスンの中でもっとも大切にするのは、“心の声を聞くこと”。声に関わる技術的なトレーニングはもとより、その日の心の調子を感じ取り、和らげることが重要なのだそう。

レッスンの最初に発声練習を行うんですが、その第一声で調子の良し悪しが分かります。いつもと違う声の人は、体調が悪いか心が不安定かのどちらか。特に後者の場合はレッスンをしても身にならないので、少しでも気持ちが落ち着くように、軽くなるように心がけています。『何かあったんですか?』と声をかけると『どうして分かるんですか!?』といつも驚かれます(笑)。Souls loverは、悩みを解消する場所でもあるんです」。

自分のために頑張っていた20代。たくさんの力を借り、周囲のために自分を捧げられるようになった30代。スクールを始めて7年目。変化する生徒たちに刺激をもらい、chitoseさん自身もライブやオーディション番組出演など活動の場を広げています。そして今後は、日本とタイを行き来しながら“メジャーデビューの夢”に再挑戦すると宣言。国籍問わず、目の前の人を楽しませられる歌い手へ—。
その姿が、多くの人の背中を押します。


PROFILE
chitose
1981年、福岡県生まれ。シンガー兼ボイストレーナー。「Souls lover」代表。物心ついた頃から歌手を志し、オーディションを受ける。N.Yでの武者修行やトレーニングを経て、2012年10月にタイへ移住。同年、ボイストレーニングスクール「Souls lover」を開設し、BNK48のメンバーをはじめ幅広い生徒に指導。リフレッシュ方法は酵素風呂。


Souls lover
「本気で変わりたい人、
お待ちしてます」
“声”に関わる幅広いレッスンを受けられるボイストレーニングスクール。その他、企業のパーティーやイベントなど、出演依頼は下記までお問い合わせを。
[問い合わせ]
Address: My Porch(スクンビット・ソイ39)
Tel: 080-593-0314(chitose)
E-mail: [email protected]
Facebook: https://ameblo.jp/chitose19811115


編集部より
24歳の時にN.Yへ渡り、黒人プロデューサーに認められてCD制作を実現。「想いを口にする、チャンスを掴む、人のために歌う」。大切さを学んだターニングポイントだったと、chitoseさんは教えてくれました(山形)


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