クラシック・ハナ(フルールクラシック)代表取締役
熊谷修二さん
「クラシック・ハナ」社長。新潟県新潟市出身。早稲田大学法学部卒。切花輸入商社(株)クラシック勤務を経て、1992年よりタイ在住33年目。学生時代のタイ放浪からタイに魅せられ今に至る。1女2男の父。
文 浅香麻亜弥

穏やかな話し方とふわりした優しい笑顔。
熊谷さんと対面してすぐに「この人が花の仕事に携わっているのは、きっと必然だ」と感じた。
繊細な蘭の花に向き合ってきた年月が、さりげない所作にもにじみ出ているのだろう。
その佇まいには、温かさと芯の強さが同居し、気取らずとも自然な品の良さが漂っていた。

熊谷さんがタイに来たのは1992年。
「暗黒の5月事件」の直後、輸入切花商社・株式会社クラシックの子会社であるクラシック・ハナの駐在員としてバンコクに赴任したのが始まりだった。

タイの日本向け宅配ビジネスは、蘭の花から始まったといわれている。
その先駆けとなったクラシック・ハナで仕分けや輸出量の調整など、現場全体のコーディネートを担当した。

赴任から5年後の1997年、アジア通貨危機がタイ経済を直撃する。
熊谷さんはこれを機にクラシック・ハナを引き継ぐ形で独立を決意。
不況のあおりを受けて職を失っていた会社員時代の仲間たちに声をかけ、新たなチームを立ち上げた。

独立後の主な業務は、元親会社であるクラシックへの切花の納品。
すでに人材も取引先も揃っており、比較的恵まれた環境でのスタートだった。
3年も経つ頃には事業は安定し、売り上げも右肩上がりに伸びていった。

2000年代に入ると、新たな挑戦として冷凍フルーツの取り扱いを開始。
2005年には、日本でフレッシュマンゴーの輸入が本格化し、事業はさらに拡大していく。
生の果物の売れ行きは想像以上で、まさに「花より団子」の状態。
クラシック・ハナはフルーツの宅配業者としても知られるようになった。

一方で、蘭の輸出は陰りが見え始めていた。
日本向けが主流だった市場に、中国という巨大な買い手が参入し、質の劣る花が多く出回るようになったのだ。
こうした状況を受け、2010年ラーチャブリー県に自社農園を設立する。

その頃のタイは政治的混乱の真っ只中。
王政支持派と反政府勢力の対立が激化し、バンコクでは反政府デモが暴徒化。
オフィスのあるタニヤビルの駐車場は兵士たちの休憩場と化し、タニヤ通りには数台の装甲車が並ぶ異様な光景が広がっていたという。
そんな緊迫した状況のなかでも出社を続けたというから、熊谷さんの根性と責任感には感嘆するばかりだ。

そして2010年5月、デモ隊の放火によってセントラルワールドが炎に包まれた日の翌日、農園のスタッフから慌てた様子で一本の電話が入る。
台風による突風で、半分ほど完成していた設備がすべて吹き飛ばされてしまったのだ。

「あのときは『うわぁマジか!』と思いましたね」と苦笑いしながら当時を振り返る。
順調だったビジネスに初めて立ちはだかった大きな壁だった。

農園の復旧がままならないまま、翌年にはタイ大洪水が発生。
ノンタブリー県のパッキング場が被災し、事態が落ち着くまでの約2か月間、スタッフたちとともに農園近くに移り住み、出荷を続けたという。

どんな災害や混乱の渦中にあっても、決して蘭の出荷を止めることはなかったが、新型コロナウィルスによるパンデミックには抗えなかった。
タイから日本への輸出は航空便に頼っているため、国際線の全面停止によって出荷ルートそのものが断たれてしまったのだ。

2020〜21年は経営的にも極めて厳しい時期だった。
コロナ以降も状況は好転せず、日本の景気低迷が追い打ちをかける。

10年前には年間一億本以上が日本に輸入されていたタイ産の蘭も、いまや需要はその半分ほどに落ち込んでいる。
生産者や輸出会社の廃業が相次ぎ、業界全体が縮小の一途をたどっている。

熊谷さんは濃い紫色が印象的な蘭の写真を指さしながら教えてくれた。

「この花は”マダムポンパドール”といって、今から半世紀ほど前、タイで初めて切花用の蘭として流通した品種なんですよ」。

タイ航空では搭乗者にコサージュが配られていた時期があったほど広く親しまれていたが、現在は保全のために自社農園で育てている約一万株を残すのみ。
他で生産している話も聞かないという。
昨年の初めにようやく自社農園の体制が整い、今年が正念場。

目下の目標はコロナ以前の水準まで業績を回復させることだ。

「今年は勝負の年」そう語る熊谷さんの表情には、覚悟と決意が込められていた。
かつて隆盛を極めた蘭ビジネスは今、生き残りをかけた瀬戸際に立たされている。

 


フルールクラシック


セントラルワールドの地下1階にある直営店「フルールクラシック」。在タイ日本人御用達のフラワーショップとして、新鮮なフルーツや高品質な蘭の花をタイ国内はもちろん日本へも届けている。

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